クスコとマチュピチュ ★空中都市マチュピチュ
6月30日(月)
朝4時半にホテルを出る。リマの空港まで迎えに来てくれた日本語をちょっと話す人が送ってくれた。飛行機は6時10分発のPL615。空港でホットドックを食べた。クスコ行きを待つ人はみんな厚手のジャケットを着てるのでちょっと不安になる。寒いのかな。飛行機はすごい小さいやつ。後ろ側から乗って席は後ろから2列目。後ろの席には日本人の女の子2人組がいた。やっぱり日本人にはどこに行っても会う。1時間くらいでクスコに着く。途中は山の中を飛んでいる感じ。山がすごく近く感じる。着いた空港は寒かった。空気がさわやかで、山の方が澄んでてすごく綺麗に見える。
空港の外で待ってても迎えが来ないので、「やっぱり来ないのかなぁ」と思っていたら、他の日本人を迎えに来ていた人に声をかけてもらった。わけを話すと一緒にホテルまで送ってくれるとの事。なおこさん、という女性でアンデスの人に見える元気な人でツアー会社の社長さん。ホテルに着いてから、なおこさんが私たちの現地ツアー会社に電話してくれた。部屋で休んでいるとツアー会社の人から電話があってロビーで会う。私たちの乗る飛行機の時間が変更になったという連絡があったので迎えに行く時間が遅れた、ということらしい。元々手配してない迎えなのであまり強いことも言えないけど。英語のみだけど必要なことはなんとかわかって、明日のツアーをお願いすることにした。
今日は1日クスコの町を歩くことにしたんだけど、とにかく高山病が心配なので出発前にホテルのロビーにあるコカ茶を飲んでみた。コカ茶ってコカインの元となるコカの葉のお茶。ロビーには自由に飲めるように、ポットとカップが置いてある。そこで、日本人のおじさんに声をかけられた。「日本人もこんな所まで来るんですか」みたいな感じ。リマに住む会社員らしい。クスコのこととかマチュピチュのことを少し説明してもらった。クスコのお祭り(インティ・ライミ)に来たんだけど、リマ行きの飛行機のチケットが取れず足止めをくっているとのこと。私たちもこのお祭りにあわせて来ようかとも思っていたけど、ホテルなど取らないときいて日程をずらした。南米三大祭りの一つとのことで、1年前から予約してる人たちがいるみたいです。あとでもらった名刺をみたらおじさんは三井物産の人でした。
部屋で少し休んで11時ごろ外に出てみる。高山病がこわいのでゆーーーくり歩くことにする。12角の石とか太陽の神殿とか行ってみる。インカの石組みというのは一寸の隙間もなく石が組まれている。12角の石というのは、道端にある石塀に12角形の石があるんだけど、そんな変な形の石があっても隙間なく壁になっている。几帳面な感じ、というか緻密に計算されている感じがする。ランチに、おじさんにおすすめしてもらった、PUCARAというレストランに行ってみる。クスコ風コロッケとアボガドツナサラダとチキンクリーム。おいしくて35ソル(1700円)。日中はすごい陽射しで帽子とサングラスが必須。でも日陰に入るとちょっと寒い。とにかくゆーーくり歩く。年寄りの散歩のように。カテドラルで10ドルチケットを買ってカテドラル〜サンブラス教会〜ラメルシー教会〜サントドミンゴ教会〜ラコンパーニャヘヌス教会をまわる。夕方5時半ごろホテルに戻って、食事に行こうと思ってたのに疲れすぎと多少高山病の症状があってそのまま寝続けることにした。11時間の睡眠。
クスコの町の感想をちょっと
道端にセーターとか売る人が座ってる。山から下りて来て売ってるのかな。あと歩いてるといろいろ売りつけようとする人が日本語をしゃべる。なんか変な感じ。誰がそんな変な日本語教えるんだろ。日本人観光客が多かったのかな。子供もおばさんもみんなしゃべる変な日本語。子供に物乞いされると目がきれいで、すいこまれちゃうけど、お金をあげられない。なんかあげちゃいけないような気になる。なんかわかんないけど。
体重計を前に測ってお金をもらう商売がある。お金もらっての測りたくないのが体重なんだけど。
7月1日(火)
今日は1日ツアー。昨晩は夕食とらずに早寝したので、5時ごろから起き出して8時25分のピックアップにそなえた。ゆっくりゆっくりと。少し頭が痛いけど、これは高山病なのか、単なる寝過ぎなのかは不明。首も痛い。あちこちホテルをピックアップしてまわってピサックに向けて出発。山を越えたり谷を通って、途中ちょっとしたい市場に寄ったりしてピサックへ。ピサックの市は観光客めあてのような市だった。値段の見当がつかない。セーターとか売ってて安いんだけど、着続けられるのかわからなかったので買うのはやめた。バスの中は風が入って寒かったんだけど、降りて歩いてると暑い。Tシャツでも大丈夫そうなくらい。日に焼けてるような気がする。
ウルバンバでランチ。最初2人で席に座ったんだけど、一緒のツアーの赤いセーターのお姉さんに呼ばれて、一緒のテーブルになった。会話はあまり積極的にははずまないけど、これからの予定のこととか、ペルーまで27時間かかったことなんかを話す。もう一人のビジネスマン風トラベラーは日本に2回行ったことがあるという建築家でした。ランチは、サラダ(アスパラガス、トマト、レタス、オリーブ)とベジタブルスープ(米入り)と鮭(ポテト添え)とデザート、コーヒー。デザートはコーンスターチの甘いのでラズベリー風味、りんごのようなものがはいってるんだけど、まずい。
そこからバスは走って本日のメインということで、オリャンタイタンボ。段段になってる遺跡。横にある階段を登りつめていくと大きな石があるけど、それが何なのかは不明。子供達がいる。歌をうたってお金をせびる。こういう風景って心が何か痛くなる。足が真っ黒で汚れてて服もぼろぼろで学校にも行けなくて。親子でいる時もある。ただ座ってる。たった50円、100円すらあげていいものか迷う。一人にあげても2人、3人と続くし。ペルー頑張れよ、フジモリ大統領頑張れ!!(もう違うのね)
夕方6時にホテルに戻る。もっさんお腹の調子悪くて待機中(?)。もっさんの復活を待って夕食へ行く。フォロクローレの聞けるお店へ行く。夜の広場は怪しげな人もいてちょっと怖そう。気をつけて歩くと肩が凝ってしまう。夕食はマスにした。これを食べて気づいたけどランチもマスだった。スープはいまいち。ショーは9時ごろから5人組のミュージシャンと4人のダンサー。珍しい楽器と音、技にもびっくり。踊りは男女2人が歌いながら。9時半ごろまでいて、ホテルへ戻る。夜のクスコの町もイルミネーションがとてもきれい。あと山の段段になっているところの家の明かりと街灯がキラキラしててとてもきれいだった。空気が澄んでいるので星もこぼれそう。ただとにかく寒かった。
7月2日(水)
今日は待望のマチュピチュツアー。5時半にロビーで待っていたら日本人のガイドさんが来てくれた。梅野さんという女性、ペルー在住8年。6時発の列車に乗る。4両編成で全席指定みたい。たまたま向かいの席には日本人2人。姉妹だそうで、お姉さんの方は主婦で子供2人を置いてきてるということ。パワーあふれる2人で16日間の南米旅行。イグアスの滝にも行くそうで、ちょっと羨ましい。イグアスの滝だけのために日本から南米に出直すこと考えると・・・もう来られないかもと思うし。駅を出て何度かスイッチバックしたあと、最も高い所に着いた。クスコが見下ろせるところ。薄茶色の町。そのあとは山の谷間を
通って進んで行く。遠くの山は雪をかぶっていてすごくきれい、輝いてる。下には川。3時間半で到着。そこからはバスで日光のいろは坂のような山道を20分すすむとマチュピチュの入り口に着いた。入り口の所にはホテル兼レストランが1件。『電波少年』のロケでハウス加賀谷という人がビデオカメラを持ちながらいたので、一緒に写真を撮ってもらった。一人っきりのアポなし突撃ってのはやっぱりありえないわけで、遠巻きに関係者が何人か見ていた。
マチュピチュの遺跡に入っていって段々畑の上の方に進んで見晴台に出ると、絵葉書のような景色になった。すごく不思議な感じ。緑の中の石の建造物って不釣合いに思う、、、色合いはなじんでるけど。まわりの山々でこの遺跡のある高さがわかる。どんな人がどんな生活をしていたのかいろいろ想像できるけど、インカ文明は文字がなくて記録がないので諸説さまざまあるようで、何でもありって感じ。ガイドさんにいろんな説を教えてもらう。上から見下ろすだけじゃなくて中を歩くとインカの精密な石組みが見られる。300年以上たっても崩れない。石だけがのこってるんだけど、それぞれ目的を持った部屋になっていたらしい。「なんとかの間」という感じで名前がついているけど、別に普通の人が生活していた町だと考えてもいい気がする。庶民の家は小さいけど2階建てらしい。段々になってるからどこからでも山が見えて眺めは良さそう。
いったん出て食事をしてもう一度入る。インカの橋を見に山道を少し行く。息もぜいぜい。細い道だけど柵のように石組みがされてる。橋は山の谷間に石積みがあってそこにかかる丸太を落とすと、このマチュピチュには人が入れなくなってしまうようにしてある。逆側のインカ道を行く。延々続くらしいけど、ちょっと行ってみる。町を見下ろせるところまで行って戻ってきた。昨日会ったアイリッシュのお姉さんは一人ずんずん進んでいてすごく元気な人。
17時ごろ山の影に隠れる太陽を見る。マチュピチュの町がすべて影になる。山の先端だけ光が射す。あっという間に日が沈んで寒くなってくる。17時半くらいのバスで下りて列車は18時半。クスコに戻る。帰りはすっかり寝てしまった。まわりは真っ暗。クスコの町を見下ろせる所になると、電灯がキラキラしててきれいだった。20時半にホテルに着く。充実の1日。